こころとからだ

瞑想とは

「瞑想とはなにか?」

を一言で答えるとしたら、どう答えますか?

「これ!」という絶対的な答えは、ないと思うんです。

答えは、人それぞれ。

今日から「第3期オンライン瞑想&ヒーリング」がはじまりました。

毎週昼の部と夜の部で30分ずつ、瞑想と遠隔ヒーリングを交互に6週ずつ、全12週。

奇数回が瞑想、偶数回が遠隔ヒーリング。

で、今日は初回(奇数回)だったので、瞑想でした。

でしたっていうか、このあと夜の部もあるのですが。

まずは昼の部を終えたんですね。

その昼の部で、冒頭の問い。

「瞑想とはなにか?」を、一言で。

自分なりに瞑想を十数年続けてきたうえでの経験則から言語化すると。

「瞑想とは、祈りである。」

いまの自分なら、そう答えるなぁと。

瞑想=祈り。

祈りの状態になるのが、瞑想。

じゃあ祈りってなに?

祈りと願いは、違います。

僕も含めた多くの人は日常のほとんどを「願い」の意識で過ごしています。

願いって、条件付きなんです。

願いって、偏りなんです。

多くの時間を偏った意識で過ごしていると、偏っていることに気づけなくなる。

祈りって、無条件なんです。

祈りって、調和なんです。

祈りの意識=調和の状態に戻ってくることで、自覚のなかった偏りに気づきやすくなる。

偏ったままで世の中をみると、偏って見えます。

それはほんとうに世の中が偏っているのか、いやもしかすると自分が偏っているだけなのかもしれない。

瞑想を習慣化していると、自分の偏りに気づく瞬間があって、おもしろいです。

その積み重ねで、昔よりは心にゆとりができてきたのかなぁと。

そんなに大きく変わった実感はないですが、でも10年以上前の自分を思い起こすと、随分と精神的に余裕のない毎日を過ごしていたなぁと思います。

そうやって必死に生きていた自分もかわいいですけどね。

僕が僕であるために、これからも、いのちが尽きるときまで、瞑想習慣を続けます。