こころとからだ

人は幼少期に満たされなかったことに、執着する。

人は幼少期に満たされなかったことに、執着する。

自分自身や周りの人を観察していると、そう感じることが多いです。

僕自身のことでいうと、子どもの頃は強い劣等感とともに生きていて、まったく自信がなかった。

自分が心身ともに弱いことを、自覚していた。

なので、強さへの憧れがあったんです。

特に、身体的な強さ。

身体的な強さといっても具体的にどういう強さに憧れるのかは人それぞれだと思いますが、僕が求めていたものはシンプルに「体型と筋力」でした。

身体操作が巧みな人もカッコいいとは思いますが、「身体操作が巧み」なのと「強い」のは、僕の中では違う。

強くなりたいなら例えば武術や格闘技などをやればいいのでは?と思われる方もいるかもしれませんが、僕が求めている強さは「誰かと比べるもの」ではない。

武術や格闘技には基本的に対戦相手が必要で、相手との相対的な関係性で勝ち負けが決まる。

誰かと勝負したいわけではない。

誰かに褒められたいわけでもない。

自分自身の中だけで成長が感じられて、納得できればいい。

だから僕は、ウエイトトレーニングをやっています。

子どもの頃の自分が満たせなかった「強くなりたい」という想い。

それを叶えるために。

だから「ウエイトトレーニングでつけた筋肉は使えない」とか「見せ筋」とかって、浅い視点で揶揄しないでほしい笑

あとは、出張。

僕はかなり出張が多い働き方をしていますが、それも幼少期にルーツがあります。

父が出張の多い人だったんです。

飛行機に乗って沖縄県外へ出張に出る父の背中が、すごくカッコよく見えていた。

たぶんその記憶が潜在意識にずっと残っていて。

自分もそんな働き方を目指すように、自分の深層心理に促され続けていたのかもしれません。

そんな感じで、幼少期~若い頃に満たされなかったこと・満たしたかったことを大人になってから満たそうとする人、少なくないと思います。

受講者の女性に手を出しまくっている男性講師の噂が、よく耳に入ってきます。

もしかしたら、幼少期~若い頃に異性へのコンプレックスがあって、それなりの実績と知名度を得た今、それを利用してコンプレックスを埋めようとしているのかもしれない。

僕のコンプレックスが「身体の弱さ」で、それを埋めるのが「筋トレ」でよかった。

筋トレしすぎたところで、誰かを傷つけることはないですから。

自分の筋線維は傷つきますけど。

やたらお金への執着が強い人は、お金に関するコンプレックスがあったのかもしれない。

幼少期~若い頃にお金に困る生活をしていたか、困っていなくても周りと比べて劣等感を抱いていたとか。

幼少期に満たせなかった想いを大人になっても引きずり続けること、よくあります。

わたしの中にいる、子どもの頃のわたし。

その子を少しずつ満たしてあげることで、「自分らしさ」が発揮しやすくなるかもしれません。

「好奇心の源泉」は「子どものわたし」です。

そして「子どものわたし」は、大人になってもずっと共にいます。

あなたの中にいる「子どものわたし」楽しそうにしていますか?

楽しそうではないのだとしたら、あるいは存在さえ感じられないのだとしたら。

雑音を鎮めて自分自身と深く繋がっていく習慣をつくることで、「子どものわたし」とも繋がりやすくなるかもしれません。

雑音を鎮めて自分自身と深く繋がるために・・・例えば来週からはじまる「第8期オンライン瞑想」に参加してみることもオススメです。

↑の最後の1文が書きたかった記事でした。

ではでは。