「甘いもの」の次は「お酒」です。
まず「甘いもの」もそうですが「お酒」も、「減らす必要性」を感じていないのであれば、減らさなくてもいいと思うんです。
嗜好品も、日々を豊かにするため、そして心身のバランスをとるために、大切な役割をしています。
で「お酒を欲する理由」について。
「お酒になにを求めているのか?お酒を吞むことでどんな感覚を得ているのか?」
「お酒を呑むことで生じる感覚」←この感覚を得るために、お酒を欲する。
それが答え。
「美味しい」という「味覚」を求めているのか。
それともそれ以外の感覚も求めているのか。
一般的に、アルコールって理性をゆるめてくれますよね。
良くも悪くも。
理性がゆるむと、ココロとカラダのバリアもゆるみます。
まえに、飲み屋で働くおねえさんが、こんなことを話していました。
「お堅い職業の人ほど、酒が入ると面倒くさくなる人が多い」 って。
陰陽の法則。
普段の仕事では、自分のキャパを超えたレベルで「きっちり・ちゃんと」のエネルギーを使っている。
社会人の責任感として素晴らしいのですが、キャパを超えたエネルギーを発揮し続けていると、どうしても生理的なレベルで不快感が生じてくる。
なので、その「きっちり・ちゃんと」をゆるめるために、アルコールでバランスをとりたくなる。
で、普段「きっちり・ちゃんと」を強く発揮しすぎている人ほど、それが解けたときの反動も強く出てしまいがち。
「お堅い職業の人ほど、酒が入ると面倒くさくなる人が多い」というのが、それ。
「きっちり・ちゃんと」をアルコールでゆるめよう、というのは、五行でいうと「火剋金」。
アルコールが入ると「よくしゃべるようになる」「よく笑うようになる」「明るくなる」という人は、アルコールによって「火」のエネルギーが活性化された状態です。
明るい系じゃなくて、グチグチ愚痴が止まらなくなったり、泣き出す人もいます。
愚痴とか泣き出すって「明るい系」じゃないですが、「溜め込んでいたエネルギーを外に解放する」という意味では、やっぱり「火」なんです。
ちなみに「溜め込む」というエネルギーは五行だと「水」なのですが、「水」ががんばりすぎていると「火」のエネルギーは発揮しづらくなります(水剋火) が、アルコールの力によって「火」が目覚めてくると、相対的に「溜め込む力(水)」より「解放する力(火)」の方が強くなり、溜め込んでいたもの(愚痴とか涙とか)が出てきやすくなります。
さらに。
お酒は「さみしさをまぎらわせる」こともできます。
「さみしさ」も「金」のグループ。
火剋金で、 「さみしい(金)」を「アルコール(火)」で抑制できるのです。
もちろん、さみしさの種がなくなるわけではないので「一時的にまぎれる」だけですが。
やりきれないさみしさを一時的にでもまぎらわせるために、お酒に手を伸ばしてしまう。
キャパを超えてお酒を吞み過ぎてしまう方の中には、そういうパターンも。
「わたし、さみしいんだな。」
そこと向き合うのは、勇気が要ります。
そんなこと認めない方が、表面的には楽なので。
もちろんお酒でまぎらわせるのも、アリ。
ですが、根本的なところと向き合わないと、ずっとさみしさを抱えながら生きていくことになってしまう。
もちろんそれもアリ。
生き方においてなにが正解かなんてわからないし、正解なんて考え方・価値観次第で変わります。
健康を害さない程度にお酒を飲んで、それでバランスが保てているのなら、いいと思いますし。
健康を害したとしても、その生き方に後悔しないならいいと思うし。
むしろ、後悔してもいいと思うし。
結論としては、なんでもいいんですけど。
ただ、ココロの奥底に「変わりたい」と思っている自分がいるのだとしたら、深いところにある「さみしさの本質」と向き合ってみるのも、いいかもしれません。
食べ物とか飲み物って、心身の状態を変える上で、「楽で手っ取り早い」もの。
アルコールもそうだし、甘いものも。
簡単に自分を満たせる。
ただ「簡単に満たす」方法ばかりに頼ってしまうと、本質的に自分と向き合うのがどんどん面倒になっていきます。
「自分と向き合えない=根本的なところが変わらない」
根本的なところが変わらないから、日常で受けるストレスも変わらない。
日常のストレスを「簡単に満たす方法」で癒そうとする。
それが続くと、少しずつ依存に陥っていきます。
お酒や甘いものなどの「嗜好品」との付き合い方も「人間関係」と同じで「適度な距離感」が見つかるといいですよね。



